上海の魯迅記念館を訪ねて(1)無料なのは良いけれど...
先日上海に出張した折、上海市内にある魯迅記念館を訪問しました。
魯迅は1881年9月25日に中国浙江省紹興市に生まれました。上海の南に位置する紹興市は、言わずと知れた紹興酒のふるさと。一帯は中国でも屈指の水郷地帯で、酒造りに適した土地ということです。今から2,400年ほど前の春秋時代(紀元前722~481年)には、すでに紹興において盛んに酒造りが行われていたと言われています。
魯迅は晩年、上海の大陸新村で暮らしており、魯迅が亡くなったあと、1933年から1936年までは魯迅の住居が記念館となっていたようです。1951年1月7日に新しい記念館がオープン、1956年に、記念館は現在の魯迅公園内に移設されました。個人の業績を記念する施設としては、新中国になってはじめてのものであったそうです。
記念館は、魯迅公園という広い公園の敷地内にありました。最寄り駅は、地下鉄三号線の虹口足蹴場駅です。駅名が示すように、地下鉄の駅から地上に出ると、巨大なサッカースタジアムが覆いかぶさるように建っていました。スタジアムも公園の敷地の一部といったところでしょうか。
記念館の建物は、魯迅のふるさと紹興でよく見られる、江南住宅風の建築様式で作られています。1998年にリニューアルオープンしたとか。白い外壁がまぶしく、外観はかなり綺麗です。入り口の左側に、縦書きで「魯迅記念館」の文字が見えますが、これは周恩来首相によって書かれたものだそうです。よく見ると、記念館の文字の横に周恩来の名前が見えます。
さて、この記念館、入館料はいくらかというと、なんと無料でした。事前にネットで調べたところ、大人8元(約100円)という、これまたリーズナブルな値段設定でしたが、入り口の警備員に聞くと建物左手にあるチケット売り場(領票処)でチケットを受け取れ、と言います。全面鏡張りのチケット小屋に行くと、無料で一枚、チケットを渡してくれました。チケットにはしっかり免費(無料)と書いてあります。
入館時には、金属探知機のゲートをくぐり、物々しいチェックがありました。カメラや携帯などは身につけたまま通過したので当然のようにキンコンと鳴りましたが、何も調べるそぶりがありません。儀式みたいなものです。
記念館入り口のホールは天井がやけに高く、作家個人の記念館というイメージからはかけ離れている印象を持ちました。中国のスケールの大きとともに、魯迅が大切に扱われていることが感じられます。
スケールと言えば、ホールに設置された魯迅の座像。これがまたかなり大きく作られていました。実物大より遥かに大きい人物像を近くで眺めると非常に迫力を感じます。中国人の家族が像の前に並んでカメラを構えたりしているところを見ると、撮影スポットになっているようです。
下は記念館全体の模型。二階建てになっており、展示室はかなり広そうな予感。
無料で入館できたこともあり、こんな立派な記念館にはどんな展示があるのか、胸を弾ませて二階の展示室に向かったのですが、階段の前になにやら看板が立っています。中国語、英語とともに、丁寧に日本語でも表現されていました。
なんと、「2011年5月5日から9月25日まで改装工事中」とあるではないですか。訪問したのは7月末、気温34度の中、公園の中をはるばる歩いてきたので一気に力が抜けてしまいました。見せるものがないので、改装工事中は無料開放しているのでしょうか。
展示の紹介ができないので、魯迅の切手を紹介しましょう。
これは魯迅生誕80年を記念して、1962年2月26日に中国から発行されたものです。魯迅の頭像がデザインされています。切手にある年号(1881-1961)は一見、魯迅の生年と没年かと見えてしまいますが、実際には魯迅は1936年に55歳で亡くなっており、1961年が生誕80年にあたることを示しています。切手は1962年、すなわち生誕81年目に発行されたことになりますが、1961年が中国共産党40周年、また辛亥革命50周年にあたり、記念行事や関連切手の発行が相次いだため、発行時期がずれたのかも知れません。
魯迅の切手は他にもいくつか発行されていますので、また紹介したいと思います。
魯迅は1881年9月25日に中国浙江省紹興市に生まれました。上海の南に位置する紹興市は、言わずと知れた紹興酒のふるさと。一帯は中国でも屈指の水郷地帯で、酒造りに適した土地ということです。今から2,400年ほど前の春秋時代(紀元前722~481年)には、すでに紹興において盛んに酒造りが行われていたと言われています。
魯迅は晩年、上海の大陸新村で暮らしており、魯迅が亡くなったあと、1933年から1936年までは魯迅の住居が記念館となっていたようです。1951年1月7日に新しい記念館がオープン、1956年に、記念館は現在の魯迅公園内に移設されました。個人の業績を記念する施設としては、新中国になってはじめてのものであったそうです。
記念館は、魯迅公園という広い公園の敷地内にありました。最寄り駅は、地下鉄三号線の虹口足蹴場駅です。駅名が示すように、地下鉄の駅から地上に出ると、巨大なサッカースタジアムが覆いかぶさるように建っていました。スタジアムも公園の敷地の一部といったところでしょうか。
記念館の建物は、魯迅のふるさと紹興でよく見られる、江南住宅風の建築様式で作られています。1998年にリニューアルオープンしたとか。白い外壁がまぶしく、外観はかなり綺麗です。入り口の左側に、縦書きで「魯迅記念館」の文字が見えますが、これは周恩来首相によって書かれたものだそうです。よく見ると、記念館の文字の横に周恩来の名前が見えます。
さて、この記念館、入館料はいくらかというと、なんと無料でした。事前にネットで調べたところ、大人8元(約100円)という、これまたリーズナブルな値段設定でしたが、入り口の警備員に聞くと建物左手にあるチケット売り場(領票処)でチケットを受け取れ、と言います。全面鏡張りのチケット小屋に行くと、無料で一枚、チケットを渡してくれました。チケットにはしっかり免費(無料)と書いてあります。
入館時には、金属探知機のゲートをくぐり、物々しいチェックがありました。カメラや携帯などは身につけたまま通過したので当然のようにキンコンと鳴りましたが、何も調べるそぶりがありません。儀式みたいなものです。
記念館入り口のホールは天井がやけに高く、作家個人の記念館というイメージからはかけ離れている印象を持ちました。中国のスケールの大きとともに、魯迅が大切に扱われていることが感じられます。
スケールと言えば、ホールに設置された魯迅の座像。これがまたかなり大きく作られていました。実物大より遥かに大きい人物像を近くで眺めると非常に迫力を感じます。中国人の家族が像の前に並んでカメラを構えたりしているところを見ると、撮影スポットになっているようです。
下は記念館全体の模型。二階建てになっており、展示室はかなり広そうな予感。
無料で入館できたこともあり、こんな立派な記念館にはどんな展示があるのか、胸を弾ませて二階の展示室に向かったのですが、階段の前になにやら看板が立っています。中国語、英語とともに、丁寧に日本語でも表現されていました。
なんと、「2011年5月5日から9月25日まで改装工事中」とあるではないですか。訪問したのは7月末、気温34度の中、公園の中をはるばる歩いてきたので一気に力が抜けてしまいました。見せるものがないので、改装工事中は無料開放しているのでしょうか。
展示の紹介ができないので、魯迅の切手を紹介しましょう。
これは魯迅生誕80年を記念して、1962年2月26日に中国から発行されたものです。魯迅の頭像がデザインされています。切手にある年号(1881-1961)は一見、魯迅の生年と没年かと見えてしまいますが、実際には魯迅は1936年に55歳で亡くなっており、1961年が生誕80年にあたることを示しています。切手は1962年、すなわち生誕81年目に発行されたことになりますが、1961年が中国共産党40周年、また辛亥革命50周年にあたり、記念行事や関連切手の発行が相次いだため、発行時期がずれたのかも知れません。
魯迅の切手は他にもいくつか発行されていますので、また紹介したいと思います。










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